2011年05月12日
「死を考える」-その2(癌)
先日、私の医院に医者から見放された癌患者が来院され、話を伺うことがありました。
その内容は、次のようなものでした。元来健康で、検診も受けずに、元気に生活してきたが、ある時、胃の具合いが悪くてお医者さんを受診した。胃の精密検査を勧められ、バリウムを飲んで、胃の透視検査を受けたところ、胃癌であることがわかり、手術を受け、胃を全摘したが、肝臓に転移があり、術後、抗癌剤の投与を受けている。しかしながら、薬が効かないのか、次第に肝臓の腫瘍が大きくなり、お医者さんに薬が効くようにしてくれるように頼んだところ、出来ないと言われたとのことでした。このままでは、命が無くなるので、いろいろな人に相談したところ、当院が漢方をしているからか、紹介を受けたので来院したとのことでした。(当方としては、えらい迷惑です。)
この問題を考えてみましょう。癌の原発巣である胃を全摘したこと、これを第1の問題とします。つぎに、肝臓に転移があること、これを第2の問題とします。つぎのこの転移病巣に対して、抗癌剤を使う事、これを第3とします。抗癌剤が効かないので、漢方薬に有効な薬材は無いかどうかを尋ねてきたこと、これを第4とします。最後に、それ以外の治療法はないかどうか、これを第5とします。これら一つ一つについて、考えてみましょう。
第1の原発巣を全摘したことは、肯定面としては、治療の開始を意味するといえます。否定面としては、原発巣(ここで、たった1個の癌細胞が発生して、1個が2個になり、さらに分裂して4個になりと、長年にわたり増大してきたが、体の免疫力がこの癌細胞の増殖を一方では抑えてきていたといえる。)で免疫が働いている舞台を、手術により撤去したため、転移病巣での免疫という、癌の増大を抑えている要素がそがれて、転移病巣で癌が急激に増大してゆく原因になるといえます。
次の第2の肝臓の転移をどう考えるとよいのでしょうか?癌の死亡原因の大半は、転移したところの臓器の機能不全であるという事を、考えなければなりません。転移病巣を外科的に完全に切除した場合は、残りの臓器の機能は保たれ、機能不全に陥ることはありません(ただし、切除範囲が、あまり大きくはないことがたいせつですが・・・)。
一方で、転移病巣を、抗癌剤で完全に治療することは、いまだ成功していないといった方が、正確でしょう。ほとんどの場合、転移病巣の治療に使う薬材(抗癌剤は、癌細胞を殺す力がある、このことは、細胞毒であることを意味します。)で、正常機能が損なわれ、体力が低下して死に至る。つまり、苦しみながら、患者は死んでゆくのがほとんどといえます。つまり、現代科学は、このステージの癌の治療は、成功していません。 これは、第3の問題である、抗癌剤の治療で効果を上げていないことに対して、さきの患者が、このままでは命が危ないと感じたことに通じています。
それでは第4の問題である、現代の漢方薬による癌の治療はどうかを見てみると、中国の文献を検索してみると、現代医学のデータとほとんど変わりません。せいぜい余命を伸ばしたぐらいで、完治などは、まったく無い。その治療法の発想は、癌細胞に有効な生薬(ほとんどの場合は、アルカロイドを含む、毒薬と考えられている物を使っている。)と、その副作用を軽減する生薬の組み合わせがほとんどである。これならば、現代医学の治療と変わりません!!癌細胞を殺すことは、正常細胞にも害を及ぼすのは当然です。しかも、細胞生物学の教えるところは、癌細胞は、毒薬である抗癌剤の働きを受けつけないように、細胞分裂しないで眠り込んで、静止の状態にある細胞が生き残るような戦略を取っています。また、抗癌剤により、100%の癌細胞を死滅させることはできません。つまり、完治は望めません。この治療によく似た癌細胞の分化誘導療法も同じで、100%癌細胞を分化させて死滅させることはできません。これが、DMSOという物質で癌を分化させて治療するという方法が廃れた原因です。同じことが、漢方にも期待されますが、不可能といえます。
最後に、これらの治療法以外に治療の方法がないのか?という事を考えてみましょう。少し望みのある方法として、癌の免疫療法があるといえます。癌に対して、癌ワクチンを投与したり、癌細胞を殺す力のあるキラーT細胞を、末梢血から取り出して培養して、先ほどの癌特異抗原で感作して、生体に戻して癌を攻撃するというものです。今までのところ、癌が小さくなったり、延命効果があったと報告されていますが、残念ながらいまだ研究段階で、保険はきかず、自費治療で、何百万円もします。この治療を始めた病院や、診療所があるそうです。(治らない治療をして、べらぼうな費用を請求するのは、金儲けのためにやっているとしか考えられません。人の弱みに付け込んで!)
これ以外に、癌抑制遺伝子を使う方法がありますが、これこそ遺伝子治療で、特殊なところでやったという事が知られており、テレビでも放送されたことがあります。一部の癌には確かに有効で、癌の縮小に効果があったようですが、その後のことを、聞いていません。この方法などは、お金を何億円と支払うといっても、出来るものではありません。
以上より、この問題に関する、現段階での結論が出てくると思われます。
転移病巣のある末期の癌は、死病であり、いろいろ治療すればするほど、患者は苦しむことになると言えそうです。それこそ、江戸時代のお坊さんである良寛さんが言ったと伝えられる、「(人は)死ぬ時が来れば、死ぬがよい。」と、するほうが良さそうです。また、生物が生まれてきた何十億年という進化の歴史を見ても、生物は死ぬべくしてあるというのが、真実です。
このことで、昔の人々は、「人間は、死に際が大切である。」として,潔い死に際を追求したそうです。
マスコミの影響を受けて、あたかも癌は治るかのような考えを持っておられる方がほとんどと思われる昨今、あえて、癌は治らない死病であるというお話をしました。